丸の内中央亭


「ある地点にいて私がしゃべる言葉は全世界にひびく。どこでもとは言えぬ、その位置により違う。霊界には所々に高天原があり、都会もある。熱海、箱根も高天原である。そこでしゃべることは日本中へひびく。以前東京丸の内の中央亭でときどき講話をした。丸の内は◎で、その中央で大いに意味がある。いま、そのとき話したことが日本中に実現しつつある。」
昭和24年11月20日


「丸の内の中央亭と言う西洋料理屋があるが、私があそこで始終やっていた。あれが、霊界で言うと中心になるんです。だから、名前で言っても「マル」の「ウチ」の中央亭でしょう。ですから、ここで喋った事は――言霊で、言霊界に一つの波紋を起こすんです。言霊が世界に広がって、それが具体化してくる。だから、その時に話した通りに実現しつつあるんです。ですから、今私がやっている事も、もっと段々広がっていって、結局世界的に広がる。」
御講話 昭和26年10月1日


言霊とは、ここまで重要かつ意味があるものなんですね。そして場所までも大いに影響するとは!
これは昭和6年10月測図の帝都地形図です。右上が東京駅で、画像中央付近に「中央亭本店」とあります。
「な〜るほど、丸の内八重洲ビルの隣、今の古河総合ビルの一角ね!そーだったんだぁ。こりゃあ、わかりやすい!」それでは現在の高天原へ行ってみましょう!




えっ?!。。。なヌッ?
マジで?!ホントに? 


な〜〜〜い!古河ビルがな〜い!しかも八重洲ビルまでな〜い!(うるさいって!)ちょっと前まであったと思ったのにィ。。。(H18年現在)
丸の内八重洲ビルなんか昭和3年からある、それなりの歴史的建造物だったのにぃ。。。ここ数年の丸の内再開発はすごいっス!まあ中央亭のビルはとっくに古河ビルに変わってましたから関係ないんですが、あ〜ビックリ。&ちと残念!アッと言う間です。。。


まっ気を取り直して案内図でも見ますか。
帝都地形図と照合しますと、東西No1ゲートのところに「丸の内中央亭」の建物があったことになります。
東京駅からは近いし、日本初のオフィス街にあって有楽町とのアクセスもよい、体的にいっても当時の経済と文化の中央に位置しています。


ここに丸の内中央亭がありました!って言っても工事現場の入り口の画じゃ気合入りませんが、東京の高天原でございます。つーか「だった」かな?
ちなみにこの場所には平成21年の竣工を目指し、オフィス機能と芸術、歴史等の文化的機能を兼ね備えた丸の内パークビルが建設される予定でございます。
完成したら、どっかで最上階ワンフロワー借りて頂いて御神前造って「丸の内中央センター」造って頂けないでしょうかね。言霊が世界大に広がること請け合いなんですが!
おっと、でも。。。  『霊感、カルト去れ!』

あれ?センターって、日本語で中央かな?!
まあ、経、緯結んで世界大って事で! 



はみだし


中央亭は明治40年創業の日本洋食界のパイオニアとも言える老舗です。実は中央亭は明治屋傘下のモルチェとして今も生き残っています。都内に4店舗あるそうですが、その中で一番古くて手頃なモルチェ京橋店にて、しのんでまいりました!?(^_^;)
京橋店は明治屋ビル地下1階にあります。
明治屋ビル(昭和8年竣工)は、中央通り地下を走る銀座線の京橋駅入り口になっていて、日本初の地下鉄の駅ビルです。その階段の途中にスナックモルチェはあります。昔は当ビル4,5階フロアに高級レストランとしてあったようです。
入り口右手は生ビールスタンドで、オヤジ達の聖地となっております。
明治屋は明治から昭和初期までキリンビールの総代理店だったんですよ、だからビールはやっぱ今でもキリンラガーです!なんてウンチクたれながらのラガーは旨い!そして注ぎ方は一流です。
おっと忘れるとこだった、左手がレストランになってます。
店内は昭和のデパートの食堂って感じで、客層はALLオヤジ!小生もイ〜イ感じで店に溶け込んでおります。あんま愛想のないおばさんが注文を取りに来たんで、ハヤシライス\950を注文しました。
むむ!ルーが黒いゾ!食べてみると、本格感あり。でも食べた事ない味だなぁ。甘味、酸味、苦味が混じってデミって感じ!やや濃厚ルーで牛肉は歯応えを残しながらも軟らかい。性格同様に濃イイもの好きな小生的には、Good Job!付け合せもあっさりブイヨンスープで煮てありバランスも良し!場所柄、価格対評価的に大満足だが、量的には3杯は食えますな! メタ ( ^)o(^ ) ボ!



     

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