清澄寺旭が森



いや〜結構遠かったスねぇ! えっ、小生だけっスか!?
実は小生、那古・船形観音に行く前に清澄寺にもご参拝してたんですよ。皆さんをお待ちしておりました(笑)。
それじゃあ境内の方へ。


清澄寺は山号を「千光山」と号します。これだけでも我々からすると、すてきな言霊を感じてしまいます。さすがに日蓮宗の大本山だけあって、境内は広く、スケール感があってきれいです。
宝亀2年(771)旅の僧侶がこの山の頂から光を発するのを見て、山に入りご本尊を彫って、この地にお祀りした事が寺の始まりとされています。この僧は名も告げずに去って行った事から不思議法師と呼ばれています。寺は一時中絶の後、慈覚大師円仁によって天台宗となり有数の大寺になりましたが、後に徳川家康の命により真言宗に改宗、そして昭和24年に日蓮宗となって現在に至ります。


この寺は日蓮聖人に最もゆかり深き寺のひとつと言えます。聖人12歳の時この寺に入り、16歳で出家得度、是聖房蓮長(ぜしょうぼうれんちょう)と言う名になりました。その後鎌倉や比叡山延暦寺などで仏教の各宗派を学び、万巻の経典をむさぼるように読む内に、釈迦の経典の中でも「法華経」こそが釈迦の真意であるとの確信を得ました。そして帰山し蓮長32歳の建長5年(1253)4月28日、清澄寺境内奥の高台にある旭が森で、昇る旭日に向かって合掌!初めて「南無妙法蓮華経」のお題目を唱えて立教開宗を宣言されました。そしてそれから名を「日蓮」と改められたそうです。
こちらの本堂(摩尼殿)には修行時代の聖人が、「日本第一の智者となしたまえ」と祈願した、虚空蔵菩薩さまが安置されています。
小生もごあいさつと共に、智慧証覚を。。。もう遅いかぁ?。。。


我々がお唱えする「善言讃詞」も法華経28品中の第25番目、観世音菩薩普門品を参考に、その深意をエキスとし、日本的に祝詞の形式を採って数分間で読了なし得るようにと、昭和9年12月4日、麹町の借家の一室にて明主様が口述によって作り上げたものです。


「今までの日本におけるあらゆる文化を検討してみると、そのことごとくは西に生まれ東に向かって移行発展したものである。宗教上では仏教、キリスト教始め、日本に発生した神道、仏教の各宗各派も、ことごとく西に生まれ東漸(とうぜん)したものであって、ただ日蓮宗だけが東から生まれた唯一の宗教である。というのはこれには深い理由がある。それはどういう訳かというと、そもそも仏教本来の意義は、いつも言うごとく夜の世界であった期間中の救いであって、つまり月の神の守護であったのである。ところが時節到来昼の世界に転換する事になるについては、一切は霊界が先であるから、霊界においてはすでに七百年前に、黎明の第一歩に入ったのである。」
昭和27年11月12日


日蓮聖人と日蓮宗は安房国(千葉県)で誕生し、そのすぐ西、鎌倉の辻説法に始まって、今や日本はおろか世界中に広がっています。約750年前に東から生まれ今もって西漸し続けています。また主な仏教各宗派の中で日本人宗祖の名を冠するものは日蓮宗だけであり、日本の宗教としての仏教と言うものは日蓮宗が唯一であったと言っても良いと思います。


こちらには、本堂の他に日蓮聖人像をお祀りした祖師堂、観音堂もあります。


この簡素で美しい門は「中門」と呼ばれ、正保4年(1647)創建、県文に指定されています。この奥に宝物館があり、聖人ゆかりの品などが展示されているそうです。


清澄の大杉(千年杉)、国の特別天然記念物に指定されています。この寺の長い歴史を見続けてきた霊木です。
そしてこの杉の横は参道になっていて、この辺りが若き日の聖人が心身練磨の為修行された練行場と伝えられています。右側は高台になっていてその上が、日蓮聖人が立教開宗をされたと言う旭が森です。



「彼が一通りの修行が終るや、一念発起いよいよ法華経弘通に当らんとして不退転の決意を固めるや、まず故郷である安房に赴き、海に近い清澄山に登って、今や太陽の昇らんとするその刹那、東天に向かって南無妙法蓮華経の称号を声高らかに唱えたのである。そうしてその時を契機としていよいよ法華経を振り翳(かざ)し、天下に対(むか)って呶号(どごう)し、法華(ほっけ)の功徳を口を極めて礼讃したのであった。それからあらゆる法難と闘い、ついに今日のごとき揺るがざる一派を樹立した事績は、襟を正さしむるものがある。上人のこの偉業こそ実は東方の光の最初の一石であったので、これを霊的にみるとそれまで闇の世界であった霊界の東端、今や太陽の昇らんとする直前、微かな一閃光であったともいえる。もちろん人間の眼には映らないが、大経綸の一歩として重要なる神事であった事はもちろんである。それから六百数十年を経た昭和6年6月15日黎明を期し--」
昭和27年11月12日

※これらはあくまでも岡田師独自の解釈であり、日蓮宗、各派のお説を曲げようとするものではありません。


ここが日蓮聖人が昇る旭日に向かって「南無妙法蓮華経」のお題目をあげて立教開宗をされたと言う旭が森です。ここには聖人の銅像が建立されており、日蓮宗の霊場、聖地となっています。よって写真はこれ1枚。。。
また我々の天啓聖跡の地からここは、ピッタリ真東になります。どれくらいピッタリかは、はみだしで! 


旭が森より東方を望む!そうか〜ぁここなのか〜ぁ。。。と言う感慨がありますが、ちょっと残念、いや相当残念なのはこの曇り空!晴れていれば遠くに海が見え、旭は水平線から昇るそうです。スッゲー!よってここは初日の出のメッカでもあります。(ちと変な表現ですが)
ところで日本で一番早く初日の出が見れる所がどこかご存知ですか?緯度、経度の関係からしては離島を除くと、ここ千葉県の犬吠埼だそうです。北海道の根室方面が最東端であり早そうなんですが、元旦前後数十日間は、地球の地軸の傾きの関係から犬吠崎の方が早いそうです。そして当然ながら標高が高い方が日の出は早いのですが、そうすると千葉県で2番目に高い山、清澄山が犬吠崎より数分早くなり、日本一早い初日の出の場所となるそうです。まあ正確に言うとダントツに高い富士山がわずかの差で1番なんですが、それでもやっぱメッカとなり得ますよね。海から昇る日本一早い初日の出、綺麗だろーなぁ。。。
我々の立場からしてもここ清澄山は、御論文にある聖人の偉業や、「日蓮」「千光山」「旭が森」「清澄」などのすばらしい言霊、初日の出の事にしても、只ならぬ場所である事だけは確かなようです。


しかも安房の清澄山こそ、日本における最も東の端で、この地点こそ大神秘が包蔵されている事は、私が以前書いた自観叢書「奇跡物語」中に概説してあるから参照されたい。つまりこの地が霊界二次元における昼の世界の初発点であるのである。
昭和27年


そんな▲清澄山と▲鋸山、天啓の地と旭が森の位置関係については、はみだしへGOをクリックして下さい。
やはり只ならぬ場所でした!



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